真剣に遊ぶ旅

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【大切!】知っておきたいトルコのこと②(全2回)

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海外旅行先として人気のトルコ!親日国家として有名なトルコ!

トルコについてもっと知ろうということで、前記事から「知っておきたいトルコのこと」(真田の独断)を書いています!

 

www.yusana7.com

 (前回の記事) 

今回は2回目にして最終回です。


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知っておこう!About Turkey!

色んな兄弟国がいること

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日本国内では無類の親日国家として知られるトルコですが、これは別に日本に限ったことではなく、インド、パキスタン等色々な国のことを兄弟国と言っています。中でも日本人にとって意外なのは、トルコにとっては韓国も兄弟国なのです。

ウズベキスタンにいた時に、「韓国とトルコはどの国よりも仲が良いんだ」と韓国人から聞いて初めて知りました。とゆーことで日本のお隣韓国のことも併せて知ろうということで、何でトルコと韓国が兄弟国なのか、ネットで調べてみました。その中で近代的な理由2つをピックアップしました。

因みに個人的な感想ですが、トルコはこれまでご機嫌にいろんな国をブラザーと言ってきましたが、1番は日本でも韓国でもなく、ムスリム国家との親交が1番親深いんじゃないかと思います。

①朝鮮戦争

1950〜1953年、朝鮮半島の南北分裂を決定的にさせた朝鮮戦争。

第二次世界大戦時下では一貫して中立を貫こうとしたトルコですが、朝鮮戦争では5000人弱の兵士を韓国へ派遣し国連軍として戦いました。そのうち約700名もの兵士が戦死しましたが、この戦争におけるトルコの勇猛ぶりはとてつもなかったようで、その活躍を目の当たりした韓国は、トルコに対して感謝の念、同志の意を深めたようです。

1人のトルコ兵が戦場で見つけた韓国人孤児を救いトルコ軍帰還までの間保護し続けた、という実話を題材にした映画「Ayla」(アイラ。日本版は「ブレイブ・ロード」)は第90回アカデミー賞外国語映画賞部門に出されています。

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②日韓共同開催サッカーワールドカップ

日本と韓国で共同開催された2002年のサッカーワールドカップ。(思い出す若かりし頃。。)

韓国とトルコは3位決定戦で対決します。上述の通り韓国はトルコが大好きです。試合前、韓国サポーターは韓国国旗よりも大きなトルコ国旗を掲げてトルコを称えました。

試合終了後、両国選手は肩を組んで並びグラウンドを行進。これは韓国内では今でも美談として語り継がれているそうです。そして韓国・トルコの関係はこれまで以上に深くなったんだとか。

余談ですがこのワールドカップで使われていたアンセム、自分史上最もテンションがあがる曲です。同世代のサッカー少年達はこの気持ちわかってくれるはずです。

実は色々な国と喧嘩してること

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隣国とがちゃがちゃやっているイメージはあまりにないトルコですが、実は色々と問題を抱えてます。

まずは地図のおさらいですが、東にジョージア、アルメニア、イラン。南にイラク、シリア、地中海。西にギリシャ、ブルガリア、北は黒海です。

アルメニアとの歴史認識

オスマン帝国内(≒今のトルコ)で起きた事件。1800年代末と第一次世界大戦下(1914ー1918年)の2度に渡り、オスマン帝国内の少数民族アルメニア人が大虐殺を受けたとされる件について、トルコと隣国アルメニアで異なった歴史認識を持っています。

ムスリム国家だったオスマン帝国に対して、キリスト教徒がメインだったアルメニア人。アルメニア人はオスマン帝国内で弾圧を受けることが多かったなどの理由で、アルメニア人の間では独立運動が湧き上がりました。

当時滅亡の危機に晒されていたオスマン帝国は、第一次世界大戦が始まると同盟国側につきましたが、戦況は悪く隣国ロシアに攻め入られます。そんな中、アルメニア人はオスマン帝国に対し(現トルコの東南部で)暴動を起こします。これが引き金(?)となり1915年4月24日、アルメニア系の著名人達が600人以上がオスマン帝国に逮捕・追放されました。その後オスマン帝国は、アルメニア人をシリアの砂漠地帯まで強制移送させる「死の行進」政策を開始。過酷な道を進行させられるだけでなく、道中でトルコ人やクルド人に殺害されたり、女性はレイプにあったりしたそうです。結果的に多くのアルメニア人が無残な死を迎えたという事件です。

この件について、アルメニアは「200万人のアルメニア人がオスマン帝国による大虐殺にあった。国家として一民族の根絶を企図したジェノサイドだ」と主張。

一方のトルコは一連の事由を「アルメニア人殺害があったことは認めるものの、殺害されたのは連合国側のロシアと通じたスパイ等で20万人ほど。国家施策での民族虐殺ではなく、戦乱の中に起きた不幸」としてジェノサイドではないと否定。

100年以上経った今でも解決には至っていない。トルコをアルメニアの国境は未だに封鎖されたままです。。

ギリシャとの領土(?)問題

トルコ南岸に浮かぶ島、キプロス島。古くから海運の中継地として栄え、今では主にヨーロッパの人のバカンススポットの一つとして人気を博してます。

しかし、ここではギリシャ系住民とトルコ系住民による対立が第二次世界大戦集結以後ずっと続いており現在も未解決のままとなっています。

紀元前より交易都市として栄えたキプロス島には元々ギリシャ人が多く居住していましたが、16世紀ごろイケイケどんどんのオスマン帝国に占領され、その後トルコ人が流入します。

第一次世界大戦後は敗北したオスマン帝国に変わり、イギリスが「イギリス連邦キプロス共和国」として併合しますが、第二次世界大戦後にイギリスからの独立を果たします(キプロス共和国!)。

歴史背景上、キプロス島の住民は大きくギリシャ系(80%)、トルコ系(20%)に分けられて、それぞれがギリシャ、トルコに組み入れられることを望みます。イギリスを含めた3カ国で話し合いが進められますが、我慢の限界に達したトルコ系が島北部に移動し1983年に「北キプロス・トルコ共和国」としてキプロス共和国からの独立を宣言。国連により南北を分断するグリーンラインが設定されているが、北キプロス・トルコ共和国を承認しているのは世界でトルコのみであり、他国は認めていない。首都ニコシアはこのグリーンラインでぶった切られている状況です。南北和平交渉が何度も行われている一方、各国の利害調整がうまくいかず今も問題は継続中です。

(キプロス南部にいかつい油田が見つかった頃から更に調整は難しくなっている)

特にギリシャは北キプロス・トルコ共和国に怒り心頭状態。パスポートに北キプロスの入国スタンプが押してある場合、ギリシャに入国できならしい。。

おわり

前記事と併せて2回に渡りトルコについて勉強しました!

世界一の新日国かどうかはよくわかりませんが、日本のことが好きなのは間違いないし日本人がトルコのことを好きなのも間違いないと思います。気球&朝日で有名なカッパドキアにはこれでもかってくらい日本人がいました!旅行は極めてしやすいと思いますので是非!

トルコのことを知るきっかけになったら嬉しいです!最後にカッパドキアの写真を。

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