真剣に遊ぶ旅

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【5カ国目:カンボジア】<プノンペン>トゥール・スレン/キリングフィールド

1975年4月17日〜1979年1月7日。

 

約40年前、カンボジアで起きた残虐的な出来事をご存知だろうか。

 

 

ポルポト政権下における、国民の大量虐殺。カンボジア人によって当時の全国民の20〜25%が虐殺されたという大事件だ。

 

 

 

これは隣国で起きたベトナム戦争に起因する。ベトナム戦争の際にカンボジアをはじめとするベトナム周辺諸国は戦場となってしまった。国民は苦しんでいた。そんな中、カンボジア国内にいた共産主義者達がその衰弱を尻目に国内を支配し、恐怖政治を敷いたのである。

 

その中心人物がポルポト。この共産主義党がクメール・ルージュ。

 

クメール・ルージュは農業を中心とする国づくりを基本理念として

 

 

「革命に学問は不要」

 

 

と突然言い始めた。そして知識人を(知識人と思われる人も含め)片っ端から収容所にぶち込み、強制労働をさせ、最後は無理やり罪にかけて殺した。

 

 

虐殺された数は推定で170〜190万人程度。当時のカンボジアの全人口の1/5〜1/4。最大で4人に1人が何の意味もなく殺されていたのだ。

 

 

ここでいう知識人とは、医者や教師、公務員などの人達。更に、ただ都会に住んでいるというだけで、ただメガネをかけているというだけで、自営業を営んでいるだけで、外国語を話せるだけで、知識人と見做された。その家族も1人残らず全員、強制的に連行された。

(因みにカンボジアはもともとフランス領で、多くの国民がフランス語を話せることができたそう)

 

今(2019年2月8日)時点で、収容所は全国で343箇所見つかっている。まだ全容は明らかになっておらず、未だに新たな収容所が発見されている。既に水没してしまったものもあるらしい。収容所と同様、処刑所も沢山あった。

 

 

今日訪れたのは、プノンペンにて収容所として使われていたトゥール・スレン(虐殺博物館)、そして処刑所として使われていたキリングフィールド(チュンエク大量虐殺センター)の2つ。

 

 

トゥールスレン、別称S21は、ポルポト政権下において、罪のない一般人達を次々と監禁し、拷問した収容所。

 

 

12,000〜20,000人が監禁され、確認された生存者はわずか12名。

 

 

 

もともと高校として使われていた敷地がある日突然酷い収容施設となった。今は実際に使われていた部屋や独房を見学することができる博物館となっている。

 

 

建物の至る所には血の跡が残っていた。拷問の悲惨さがとても感じ取れた。収容者を縛るベッドや施設発見当時の写真(死体)は見ただけで恐怖心に駆られる。

 

 

子供達の遊び場だった場所は拷問場所となり、収容者を吊るし、殴る蹴るの暴行を加え、気を失うと排泄物が溜まった壺に顔を突っ込み、そして気を取り戻すとまた暴行、これの繰り返しだったそう。

 

 

その後独房に入れられ尋問が始まる。何ら関係のないスパイ容疑などの罪を問い、無理やり首を縦に振らせて処刑犯とした。

 

 

最終的には処刑場に連れていかれた。プノンペンでいうそれがキリングフィールド。

 

 

キリングフィールドはトゥール・スレンから南約10kmのところにある。

 

 

ここでは約2万人の人が殺されたとされている。毎日毎日罪のない人が無理やり罪を被り、そしてここで無惨な最期を迎えた。

 

男も女も、大人も子供も赤ちゃんもみんな。

 

約4年間こんな酷い出来事が起きていたのに、なぜ他の国はどこも気づかなかったのか。

 

 

それはカンボジアが他国との接触を断ったから。

鎖国状態となり、カンボジア国内の情報が外部へ漏れることがなかったから。

 

 

国のトップが国を独裁し、情報を操作すると、結果このようなことになるのだ。

 

 

北朝鮮、中国、ロシア、、大丈夫かな。同じような事が起きていなければいいけど。

 

 

てか日本もきっとだいぶ情報操作されているだろうし、もはや最近は独裁みたいになりつつあるから怖い。ろくに議論もされないまま、一般国民に十分な情報量がないまま、色んなことがどんどん国会で決まっている気がする。

 

こんなことが40年前に起きていたなんて信じられない。つい最近の話だ。

 

 

自分がいかに恵まれているかを実感した。

日本がいかに平和かを実感した。

 

 

ベトナムのクチトンネル同様、月並みな感想であるがこれが本心。ただ、虐待や殺害に使われていた場所を実際に見ると、その感じ方の濃度は教科書やネットで見ただけとものとは何倍も違う。

 

 

これからの僕の役割は、

ここにきて見たこと感じたことを周りに発信し、1人でも多くの人にカンボジアで起きた大量虐殺の実態を知ってもらうこと、そしてこのようなことが二度と起きないようにすること。

 

 

知った者の責任である。

 

 

当時のカンボジアと違って、今はあまりにも情報が溢れている。毎日ありとあらゆる情報をキャッチできる。僕らはこれから、どの情報が正しくてどの情報が間違っているのか、判断する力を養っていく必要があるだろう。

 

 

真実を見る目、真実を掴む力。

 

 

 

この能力を養わなければ、きっと情報に翻弄され、そして何かを失ってしまうような気がする。