真剣に遊ぶ旅

銀行辞めて旅出るってよ。

【6カ国目(2):インド】<ゴーラクプル>人という字は人と人が支え合って、、、

そうです。あの金八先生の名言です。

 

ひとり旅をしていると誰かに助けてもらうことがしょっ中あるんですけど、今回は僕がネパールからインドに戻った時に体験した、人と人は支え合ってるんだ事案について紹介しようと思います。

 

 

 

 

 

ポカラとお別れした真田は、ツーリストバスと言う名の鬼ローカルバス(しかもネパール名物のサスペンション崩壊バス)に8時間乗り、国境付近のルンビニという街に移動した。

 

バス会社のオフィスでは「これツーリストバスだからルンビニまで直行するよ。Wi-Fiあるしまじで快適だよ!」と、しゃーしゃーと言われ前日にチケット購入。

 

いざ乗ってみると、ほぼ定刻通りに発車。やるやんけツーリストバスと思ったら、それから1時間はバスターミナル周辺を徘徊し続け客を探し、大凡満員になったところでようやく目的地に向かって走り出すというスタイルであった。

 

 

全然直行違うやんけ。ま、オフィスの直行宣言が信用ならんことくらい買う前から分かっていたけどな!その上で敢えて乗せてもらってるんだけどな!

 

 

Wi-Fiだって動かないことくらい分かってるし、冷房はまあ動かないって言ってたからしょうがな冷房ガンガン動くやないかいボケ!!

 

 

こうゆう事はアジア旅ではほぼ毎日発生するんだけれども、その度に日本のあらゆるサービスの正確性や安定性・安全性は本当にすごいなぁと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大丈夫です。これが金八先生の名ゼリフを具現化した体験ではありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕がやってきた町ルンビニは、仏教の開祖・釈迦が生まれたとされる地で、宗教マニアからは人気の土地。

ヒンドゥー教徒が殆どのネパールで僧侶を見れるのは、きっと珍しいことなのだろう。

 

f:id:yusana7:20190420165525j:image

 

 

 

3日滞在した後、ローカルバスを乗り継ぎ、国境を越え、インドのゴーラクプルというところに戻ってきた。

 

f:id:yusana7:20190419171601j:image

 

 

 

 

とうとうインドに戻ってきてしまった。。暑いし、空気汚いし、車が多い。。

 

 

 

 

f:id:yusana7:20190419171550j:image

 

これインドの街中で、選挙カーか何かが通るとかで警察が一時的に交差点で交通規制をかけているところなんですけど、何が起きてるかわかります?真ん中の黄色いの中央分離帯ですよ?前に大きなバスがいるからってバイクの皆様は逆レーンで規制解除を待っているんですよ?警察もこの程度じゃまるで取り締まる気はないんですよ?しかもどう足掻いたって絶対発進できないのにみんな死ぬほどクラクション鳴らしてるんですよ?すごいですよインドの交通事情。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

安心してください。これもnot金八です。

 

 

 

 

 

 

 

さて、ここゴーラクプルには長距離列車のターミナル駅があり、僕はこの駅からジャイプールという場所まで寝台列車に乗る予定。チケット売り切れてたけど。

 

 

 

ゴーラクプル駅到着が16時頃。ゴーラクプル駅出発予定が翌日5時頃。

 

 

 

そう、つまりこの駅で13時間の暇つぶしをしなきゃいけないわけで。テキトーに宿入っても良かったんだけど、全然良いとこないし値段も高いしで、結局野宿をすることに決めたわけで。近くで夜飯を食った後駅に戻り、そこら辺の通路に寝床を確保したところから、真田vsインドの長い夜が始まった。

 

 

 

 

 

時刻18時

 

あと9時間。意外と余裕なんじゃないかという風に自分に言い聞かせ、中学の時に買ったJa Ruleのアルバムを聞き始める。野良犬にスパイクをパクられた上ちゃんとか、自分の所持品にAnboって真面目に記名していた安藤とか、当時のことを思い出して結構楽しく過ごせそうな予感がする。

 

 

 

時刻18時半

 

あと8時間半。蚊が多すぎて本格的にイラつき始める。

 

 

 

時刻19時

 

あと8時間。僕の前でふらふら彷徨いながら何かを探している好青年から声をかけられる。ヒンディー語で。彼はネパールから短期旅行でインドに来た学生だった。真田を同じネパール人だと思ったらしい。色々話をする。朝まで一緒にいれる仲間ができたと安堵するも、彼は電車がきたといって早々にホームへ消えていった。残念。

 

 

 

時刻19時半

 

あと7時間半。待ち始めてまだ1時間半しか経っていないことに人生の終わりを感じる。

 

 

時刻20時

 

 

あと7時間。またもや若者に声をかけられる。今度は英語で。

 

若「おー日本人ここにいたのかー会いたかったぜ!こんなところで何やってんだよ!!」

 

私「朝5時まで電車を待たなきゃいけないんだ。(馴れ馴れしすぎるだろ)」

 

若「朝5時!?長すぎだろマイフレンド!俺は今日友達とここの近くでホテル取ってるから一緒にこいよ!こんなところに朝までいたら蚊に刺されすぎて死ぬぞ!?インドは蚊が多すぎて困るんだよなクソがっ」

 

私「ありがとう。でも大丈夫だよ。(どうせそうやって連れ込んで身包み剥がすきだろーよ)」

 

若「何でだよマイフレンド!仲間じゃねーか!もしかして俺のこと覚えてねーのか!?」

 

私「暗くて顔が見えないんだ、ちょっと待ってくれ。。。おーお前!!!!!さっきのネパール人じゃねーか!!!」

 

彼は(1時間ほど前に声をかけてきた好青年ではなく)、ルンビニからゴーラクプルに移動する最中の国境の町スノウリで、ほんの5分くらいだけ話をしたネパール人だった。道端に座っている僕を遠くから見つけて、わざわざ声をかけにきてくれたらしい。

 

 

私「ごめんごめん覚えてるよ!暗かってよくわかんなかったんだ!」

 

若「全然良いよ。俺は今日友達17人とここに移動してきたんだ。ホテルを何室か取ってあるから電車が来るまで休んでいきなよ!俺は日本にめちゃめちゃ興味があるんだ!日本人と友達になりたいし、こうしてまた会えた事に超興奮しているんだ!沢山話をしようぜブロ!」

 

 

若干の警戒心はあったものの、30分前に人生の終わりを感じていたこともあり、彼の有難い誘いに乗らせて頂いた(結果的に彼は何も悪い企みはしておらず、ただただ僕を受け入れてくれた)。彼とその友達一味はネットワークビジネスをやりにインドまできていた。ネパールではネットワークビジネスは法的に良くないようで、何かある度にインドまできているという。なるほど道理で17人という大集団で国境を越えているわけだ。

 

 

 

ホテルに案内してもらうとその大集団が鬼のおもてなしをしてくれる。食事、酒、その他諸々。

 

 

 

真田が座った席を17人が取り囲み質問の嵐。

 

日本はどんなところだ?

ネパールは好きか?

朝まで駅にいるとか正気だったのか?

友達になってくれないか?

インドは世界で2番目に人口が多いって知ってるか?

この体にめちゃくちゃ良いサプリメントに興味ないか?(笑)

 

 

まああんな事やこんな事があった末、最終的には部屋に連れてってもらい、寝る前に乾杯。

 

 

f:id:yusana7:20190419171303j:image

 

部屋は死ぬほど汚かったが、インドに来てもネパール人の優しさは健在だった。

 

 

こうゆう時は恒例のごとくお互いの国の文化や特徴について話し合う。

 

・ネパールの学校の教科書は英語で書かれていることがほとんど。だからみんなリーディングやライティングはできる。でも英語を話す機会はあまりないようで、喋るのはあまり得意じゃない。「 talking in Hindi, writing in English 」と言っていたのが印象的。日本とちょっと似てる。。ちなみに彼らの受けた教育は、7科目が英語で1科目のみヒンディー語。

・ネパールは総人口の50%が1日1ドルで生活する。ネパール人はビザなしで38カ国に行くことができるけど、多くの人はそもそも海外に行く金がない。

・今日(4月13日)はネパールで使われている暦における一年の最終日。明日から2076年が始まる。

 

 

そんなこんなで深夜まであれやこれや語り尽くし就寝。無事に電車の出発を迎えられた真田でありました。

 

 

 

 

 

旅をしていると、今回のように人に助けてもらうことが山ほどある。今回は少しだけロングストーリーだったけど、もっと身近な話でも、例えば屋台でたまたま隣に座っていただけで食事を奢ってくれたり、携帯で道を確認していたら連いてこいと声をかけてくれて目的地まで案内してくれたり。

 

 

1人で旅をしているけれど1人だけの力で出来ていることなんて本当に限られているような気がする。

 

 

身の回りの人にもっと感謝をして、その思いを何かしらの形で返していきたいと思います。

 

そして自分が日本に帰った時は、訪日客にもっともっと親切になろうと思います。

 

 

 

 

拝啓  先生

ネパール人は揺るぎなく良い人でした。